凄まじいまでの哲学性に支えられた「愛」の物語「今夜、ロマンス劇場で」

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どうも、せんちゃんです。

久しぶりに映画を一本観ました。ここんところは電車の中で本ばっかり読んでてろくに英語を観てなかったので久方ぶりです。

観たのはコレ!

小生も大好き綾瀬はるかさん主演の『今夜、ロマンス劇場で』

男の主役が坂口健太郎さん(小生は『綺麗な星野源』と呼んでいる)だったのでおいおい……またイケメン()かよ……なんて思ってましたが、まぁ、いい映画だったよね……

今夜、ロマンス劇場で

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あらすじ

映画監督を目指す青年、牧野健司(まきのけんじ)は忙しい助監督業の傍ら「ロマンス劇場」という劇場に夜な夜な通い詰めていた。劇場を貸し切りにし、廃棄予定になっていた古いフィルム「お転婆姫と三獣士」を観るためである。彼はこの作品の主人公である「姫(演:綾瀬はるか)」に恋をしていたからである。そんなある日、ロマンス劇場の館長に「お転婆姫と三獣士」フィルムはコレクターに売却されることが決まったことが告げられる。もう愛しの「姫」に出会うことが出来ない……そう思って悲嘆に暮れる健司、最後にもう一度……と映画を上映していると、雷鳴が轟き、停電が発生する。もう一度電気が点いた時、そこには健司が恋焦がれていた「姫」の姿があった──

感想

言ってしまえばありがちなラブストーリーではありますが、十二分に楽しめます。まぁ小生は綾瀬はるかさんのフアンなのはおいておいてもです。中には多分「チープだな」って思う方もいらっしゃるかもしれませんが、単純に物語を追っていくだけではなく、そこに何かがあることを「読んでいく」と非常に楽しめます。これは後述ですが、製作者が意図したかしていないかは定かではないものの、一種の、それもかなり高いレベルでの「哲学性」によって支えられたこの物語は、感動、というよりも示唆を生むかも知れません。詳しくは後述

オタク的文脈から読む(読み飛ばしてもらって構いません)

「画面から出てくる女性」との恋愛という構図は映画などの「ハイ・カルチャー」というよりもややオタクよりの「サブ・カルチャー」でよく使われる文脈である。最近ドラマ版が作られ、キャスティングで賛否両論あった桂正和「電影少女」とか、漫画版、OVA版、アニメ版と若干の差異はあれ、藤島康介「ああっ女神さまっ」なんかがそうです。二十歳なのによくこんな古いオタクカルチャーのことを知ってるね~って感じですが、そこはまぁいいとして、こうした二次元から三次元への移動、ないしは移行はデジタル機器の発達した80年代以降に頻繁に用いられるパターンであり、同時にオタク的な妄想、羨望の産物であり、「二次元から三次元への移行」を「二次元の媒体で」享受する。というなんとも皮肉な構図を有していたわけです。話がちょっとズレました。この映画がそういった構図を引き継いではいながらも、まぁ映画という媒体なので、上手く「そういう感じ」を抜いているのだと思いました。何言ってるか自分でも分からんくなってきた。

この映画の哲学性

この映画における「哲学性」は何と言っても「恋愛」と「身体性」の問題だ。この映画では触れられないモノクロの身体=姫と触れることの出来るフルカラーの身体=塔子さんの二人が出てくる。恋愛と身体性の問題についてはプラトンの頃から論じられてきた問題であり、異性愛は肉体的な関係=子孫の誕生という問題を孕み、同性愛にはそういった関係性を孕まないことから異性愛は愛(エロース)の中でも下位のものであると位置づけられた。その後この考え方がキリスト教の文脈にこの問題が取り込まれていく中では同性愛的なものを称賛する態度こそ消えたものの、一貫して「肉体的な接触の絡んだ」恋愛は精神的な恋愛に対して下位の立場を負ってきた。この映画についても(製作者にその意図があったかどうかは知らない)主人公の健司は振れることの出来ない綾瀬はるかと触れることの出来る本田翼(ついでに映画監督の確約つき)との間で逡巡することになる。触れることの出来る身体にさらに現世的な利益までついたこれ以上ないお得プランを前にして、それでも健司は姫と暮らすことを選ぶ、プラトニズムの劇的な勝利、というわけだ。触れられなくとも、歳が少しずつ離れてしまっても、それでもそばにいる、という言う究極の「精神的恋愛」の関係性の完成をここに見て取ることが出来る。老人になるまでコレを続けた健司は偉い。

この問題は意外と身近なところに存在しているため、構図に気付かなくとも、映画自体を楽しむことが出来るのではないだろうか。

そしてもう一つ、健司が死の間際に完成させた「今夜、ロマンス劇場で」の脚本は「瞼の裏の永遠」「達成されなかった過去の再演」としてクライマックスの舞踏会のシーンに繋がる。そこでは現実で交わされることのなかった抱擁、接吻、すべてが極彩色の世界の中で完成される。報われることのなかった二人の恋が最終的に紙面の上で鮮やかに動き出す、というのは些か皮肉なような気もしないではないが、中々に興味深い。

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